香りが家族の記憶になる
記憶に残っている香り
記憶に残っている香りがある。
祖母の部屋の香り。
幼いころ、私は両親と祖父母と暮らしていて、
家の中には祖母専用の部屋があった。
化粧品やジュエリー、衣装ケースに、鏡台。
よくわからない分厚い本が並ぶ、魅惑の小部屋。
そこに入ると、いつも、
祖母が好んでつけていた香水の、ほのかな香りがした。
(たぶん GUERLAIN の MITSUKO だったと思う。)
街でこの香りに出会うと、
ぽっちゃりと艶のある頬で、大きく笑う祖母の姿が浮かぶ。
若いころの祖母
『「香り」は、思い出とよく結びついている。
「香り」ほど、思い出を呼び覚ますものはない』
—— ヴィクトル・ユゴー
“Nothing awakens a reminiscence like an odor.” – Victor Hugo
香りに触れた時に呼び起こされる思い出は、より鮮明で心に訴えかけるものかもしれない。
そんな感覚を、遠く離れた文化の中でも見つけたことがある。
家族の名を冠した、クウェートのお香
クウェートのある作り手さんのお香は、
100年以上前のレシピをもとに作られている。
クウェートに伝わる、最古のお香だそうだ。
その香りは、
スパイシーで複雑で、
一度香ると
「この香りだ」
と分かるような、
私たち日本人にも強い印象を残すだろうと感じるものだった。
彼女はこう話してくれた。
「このお香を焚くと、おばあちゃんを思い出すのです。
祖母は、手作りのお香を毎日焚いていました。
この香りは、祖母の思い出を運んできてくれます」
日常に溶け込む香りの文化
クウェートでは、お香や香りは、
私たちが想像する以上に日常生活になじんでいる。
宗教的な祈りの時間だけでなく、
来客への贈り物や、
病気の方へのお見舞いにも使われる。
日常から結婚式、そして葬儀まで、
人生のあらゆる場面に、お香が存在している。
お香を焚いた数だけ、
その香りに紐づく思い出が増えていく。
最も印象に残ったのは、
彼女の作るお香にはそれぞれ、
自分が影響を受けた家族の名前が付けられている、ということだ。
「私は、彼女たちへの敬意と忠誠のしるしとして、
その名前をお香に託し、
記憶として残したいと思いました。」
彼女にとって、お香を焚ことは、その人に「会いにいくこと」なのだ。
香りは、記憶を保存する
家族のつながりが強い文化を持つクウェートでは、
お香は、癒しや空間演出にとどまらない存在なのだと思う。
家族の記憶を、静かに保存していくものなのかもしれない。
毎日焚かれる香り。
いつもの家の空気。
そこにいる「誰か」の存在と結びついて、
気づかないうちに、記憶として積み重なっていく。
もし、そんな香りがあったなら
香りが、誰かの人生や家族の時間と結びつく文化。
香りが、思い出そのものになるという考え方。
もし、
ある香りを焚くたびに、
もう会えない誰かの笑顔や、
昔の家の空気、
何気ない会話が、ふっと立ち上がってくるとしたら。
香りは、ただ「いい匂い」で終わるものではなく、
時間を超えて、記憶と一緒に生き続ける存在になるのかもしれない。
そんな香りが、
私たちの日常の中にもあったらいいな、と
単純に思う。
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